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 こんにちは、『金曜ホームシアター』、ライターのカナです。このコラムでは私が独断と偏見で選んだ映画や皆様におすすめしていただいた映画を、FunLogyの製品と共に鑑賞、ゆるくレポートしていきます。
 第1回の映画は『ボヘミアン・ラプソディ』。かのQUEENのボーカル、フレディ・マーキュリーの生涯に迫る伝記映画ですね。これはぜひいい音で鑑賞したい……! ということで、今回はこちらのプロジェクターに加えて、スピーカーも使用しています。

 使用した機器についてはこちら。

FunLogy X-03

モバイルプロジェクター FunLogy X-03

 

 

ポータブルスピーカー FunLogy BASS

 

ポータブルスピーカー FunLogy BASS

 

 それでは、さっそく鑑賞の感想にいってみたいと思います。
 余談ですが最近、音楽界隈ではラップが流行っていますよね。「鑑賞」と「感想」で突然韻を踏んだ人のようになってしまうのでは? と、妙に意識してしまいました。


第1回:『ボヘミアン・ラプソディ』


そもそも『ボヘミアン・ラプソディ』とは?

 ロックバンド・QUEENのボーカル、故フレディ・マーキュリーを、ラミ・マレックが演じた伝記映画。厳格な家庭で音楽に憧れる少年だった幼少期からデビュー前夜、突如としてスターになった青年期、HIVとの共生に悩まされた晩年期までを広くカバー。華々しさと伴走するカリスマの孤独を描いた。公開は2018年。

はじめに

『ボヘミアン・ラプソディ』を一言でいうなら?
「ノンフィクションに興味のなかった人にこそ観てほしいノンフィクション」です。理由は総括で後述します。

 

『ボヘミアン・ラプソディ』感想―序盤

※画像は予告編より(以下同)

 映画を観ていると時々行き合う手法に、「エンディング付近のシーンの一部が、オープニングシーンになっている」ものがありますよね。まず結末を垣間見せて、そこに至るまでの長い回想として物語を見せるような。個人的に大好きな手法なので、『ボヘミアン・ラプソディ』も映像が始まってすぐにその気配を感じて期待が高まりました。
 大観衆の熱気を感じるオープニングからの、ヒースロー空港での事務的な仕事、清く厳格な家庭……というギャップは、まさに別世界。空港で仕事を終え、ルーズリーフを手にひとり歌を口ずさむワンシーンだけ見ると、これがロックスターの映画だなんてにわかには信じられないくらいです。けれどこのときのルーズリーフが、のちにフレディを生涯の「家族」へと導いていくんですね。

『ボヘミアン・ラプソディ』に限らず、作品を「起承転結」に分けて鑑賞するのが下手なもので(素晴らしい「承」や「転」がいっぱいあったような気がして混乱してしまう……、ありませんか?)、このブログでは「序盤」「中盤」「終盤」という3分割で感想を述べさせていただきますが、その分け方で言うと『ボヘミアン・ラプソディ』の序盤はQUEENがツアーを決定する辺りまでかと思います。
 まだQUEENが世界的に華々しい躍進を見せる前ということもあり、比較的素朴で穏やかなシーンも多かった序盤ですが、個人的に印象に残ったのは、『ボヘミアン・ラプソディ』の片鱗とも言える旋律が生まれるシーンと、レコード会社の大物プロデューサーからの理解のない発言に対して、まっさきに言葉を返したのがブライアンだったなあ、というところですね。
楽しげなブライアン・メイ

「天文学を専攻していた」というブライアンは、本作の中でも常に温和で、QUEEN全体を広い視野を持って俯瞰しているような立ち位置だった印象があります。そんな彼が誰よりもきっぱりと自分たちの可能性を信じているギャップ。見ているこちらが引きずり込まれるような、力強さがありました。ブライアンの台詞には度々そういった力強さがあり、それが序盤だけでなく、全編を通して物語全体の背中を押していたように思います。
 フレディのカリスマ性が物語を前に立って牽引していくエネルギーだとすれば、ブライアンの安定感が、観衆を後ろから押してくれる対のエネルギーなんですよね。

フレディと恋人のメアリー

 さて、生前は前歯がコンプレックスであり、隠すように口を動かす癖があったと言われるフレディですが、メアリーへのプロポーズのシーンでもその癖が描かれていることに微笑ましくなりました。未来の大スターもこのときばかりは緊張した、そういう描写なのかなと。
 のちに彼の「メアリーをそばに置きたい」という感情は、微笑ましいというような言葉で片づけられる単純なものではなかったのだろうな……と思いましたが。このときは微笑ましく思ったんです。

 まるでメアリーの存在が勝利の女神になったかのように、物語は一気に華々しく。ヒースロー空港で荷物を拾い上げていた「ファルーク・バルサラ」を思い出して、嬉しいような空恐ろしいような、人生は本当にどうなるか分からないものだという気持ちになりますね。

『ボヘミアン・ラプソディ』感想―中盤

 中盤はスターダムに上り詰めていくQUEENの成功と、その裏でのフレディ自身のセクシュアリティとの対面、バンドメンバーとの溝、フレディが再び自分自身を取り戻すまで、といった部分が描かれます。


 セクシュアリティとの対面については、実はかなり序盤に「女性物の服」を通して一瞬描かれていますよね。メアリーはあのときから、本当は気づいていたのかもしれないと思いました。それでも「愛してる」と言い合った二人の言葉には、どちらも嘘はなかったのだろうと思います。ただフレディのメアリーに対する愛は、「恋人」よりも「家族」、もっと言うならば「自分を受け止めてくれる理解者」を求めたものだったのかなと。きっとそれは本来、血の繋がった家族に求めるものですが、フレディは育った家庭においてルールを逸脱していましたから、メアリーという拠り所にそれを求めるしかなかったのでしょう。

フレディを見つめるメアリー

 華やかなライブシーンと、陰りを見せ始めたプライベートシーンの対比に、だんだん胸が痛くなってきますが……とはいえライブシーンを見るとつい画面に食い入ってしまうあたりが、私は何も知らない観客なのだと思います。
 初めはそういう数多の観客に囲まれ、熱狂されることで満たされていたフレディですが、徐々に淋しさから不安定な行動を繰り返すように。メアリーとの展開を機に、その行動は加速し、暴走と呼べる領域に突き進んでいきます。

王冠をかぶりパーティーへ向かうフレディ


 個人的には暴走を決定づけたパーティーシーンの中、喧嘩っ早くて遊び好きだったはずのロジャーが、すっかり冷めた目でフレディをゆるやかにあしらおうとするのが悲しくも印象的でした。悪友のような「家族」だったバンドのメンバーたちは、成功に乗っていつのまにか本当の家族を持ち、その家族に恥じるところのない大人になってしまうわけです。フレディだけが子供のようにふざけながら、やり場のない淋しさを爆発させていきます。

 半面、突き抜けた自信が言動を麻痺させ、映画タイトルでもある『ボヘミアン・ラプソディ』の制作の中、自他ともにQUEENの「ボス」としてふるまい始める一面も。
 フレディに才能があったことは、音楽を創るという面では素晴らしいことだったと思うのですが、悲しいのは才能によって、「家族」の中でもフレディが特別な存在になっていってしまったということですよね。QUEENは彼が名も姓も捨て、本当の家族と離れてまで手に入れた、音楽のための「家族」でした。そこからもひとり浮いていってしまうというのは、本当にこの世で一人ぼっちでいるような孤独感があったことと思います。

 

キャラクターとしてのフレディ、挿入歌としてのQUEEN

 メンバーとの決裂が決定的になるシーンの直前に、『Another One Bites The Dust』が歌われます。『ボヘミアン・ラプソディ』は全編を通して、挿入歌とフレディの心情をかなり密にリンクさせていましたね! 後になって調べたところ、映画を通して使用された楽曲はなんと32曲だとか。ひとつの映画の中で、アルバム3枚分近い曲を聴ける機会ってなかなかないのではないでしょうか。
 これがかなり感情に迫ってくると言いますか、畳みかけられるものがあります。私はわざと少し離れたところにスピーカーを置いて、音がフレディの心情と一緒に部屋を飲み込む感覚を楽しんでいました。
 さすがに声が本物すぎないか? と困惑していたのですが、さすがに本物だったらしいです。音源は基本的にオリジナルだとか。それはそうか。
 でもポーズだけだとしても、ロジャー役の俳優さんが、この映画の撮影が決まるまでまったくのドラム未経験だったというのは驚きました。毎日何時間練習したのか……

 中盤の最後はあまり語ると結末のネタバレに近くなってしまうので避けますが、フレディとメアリーは「家族」にはなれなかったかもしれないけれど、フレディを繋ぎ留めたり引き戻したりできるのは、いつもメアリーなんですよね。ジムの言うところの「本当の友達」であり、同時にフレディの言う「運命の人」も、間違っていなかったのだろうなと思いました。
 出会ったことで人生が変わった、そういう相手だったのでしょう。お互いに。
フレディと抱き合うメアリー

『ボヘミアン・ラプソディ』感想―終盤

 終盤はライヴエイドのシーン。そうか、ここに至るまでの物語を観ていたんだった、と思い出しますね。
 ライヴエイドではすべての出演アーティストが20分という持ち時間でパフォーマンスを行ったそうですが、『ボヘミアン・ラプソディ』ではこのライヴエイドをかなり徹底して再現しているそうで。音楽、パフォーマンスはもちろん、煙草の吸殻や飲み物のカップといった部分まで当時の通りに作ることを追求したそうです。結構アップにしてもらえるシーンもあって、ステージの空気観が味わえました。

ライヴエイドの舞台に立つフレディ
 この20分間は、まさにライブでした。映画を観ているという感覚も、映像を観ているという感覚もなく、大観衆の一人としてライブを観ていました。
 不思議な感覚でした。ついさっきまで伝記を観ていた私と、何も知らずにライブを観ている私が同時に存在していました。たった20分の間で、あるときは何もかもを知っている家族のように泣きそうな顔をし、あるときは何も知らない観客の満面の笑顔で、自分が生まれるよりも前に行われたライブに熱狂しました。

 これは2回目を観て気づいたことですが、ステージ脇でライブを鑑賞している関係者の中に、オープニングで音響機材の準備をしている二人がいましたね。随所にそういう「ちょっと楽しい」演出や台詞回しがちりばめられていることもあって、実話ゆえの切ない部分はあるのですが重くなりすぎず、素直に「すごかった、楽しかったね」と言いやすいのがありがたいなと思います。
 

今回のおやつ

FunLogy BASSとスニッカーズスニッカーズ 君を取り戻せ……

総括

 映画の嗜好をたずねるときによく使われる質問として、「邦画派か洋画派か」「ジャンルは何が好きなのか」があると思います。その質問で言うと、私は洋画派、ジャンルはヒューマンドラマまたはファンタジーが好みとなり、ノンフィクションよりもフィクションを観がちな人間です。むしろ、ノンフィクションにはほとんど興味がありませんでした


 だからこそ言いたいのですが、『ボヘミアン・ラプソディ』、面白かったです。一個人の人生を「面白かった」と称するのはいささか乱暴かな、とも思ったのですが、観終わった瞬間のどっと溢れるような充実感。それをあえて「面白かった」と言わせていただきたいと思います。
 カリスマの人生とはいえ、一人の人間の、本当にあった人生。それをベースにして、ここまで充足感のある作品が創れるのかと圧倒されました。臨場感の絶えない134分を、まだ観たことのない方にはぜひ体感してほしいです。

 QUEENは公式YouTubeチャンネルでたくさんの楽曲を公開しています。
 映画を観終わってから聴くと同じ曲でも違って聴こえますね。
 

おわりに

 第1回にお付き合いいただきありがとうございました。金曜ホームシアターは毎月2~3回、金曜日の更新を予定しています。まだ観たことのない映画との出会いにも期待していますので、「こんな映画があるよ」「これが好きならこっちはどう?」など、ぜひこのブログのコメントでおすすめを紹介していただけますと嬉しいです。

 ホラーにはめっぽう弱いので、ホラー以外でお願いします。血もちょっと控えめのほうが。
 鑑賞は先着順ではなく気になったものから、なおかつAmazonプライムビデオで観られそうなものが優先になると思いますが、配信では出会えない名作のおすすめもお待ちしております!

 第2回の予定は『有頂天ホテル』
 それでは、次回もどうぞよろしくお願いします。


今日は、もっとたのしくできる。
FunLogy カナ

 
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